奥田民生奥田民生
[FAILBOX]



ニコーン、それは僕にとっては教科書的な存在だった。解散したときはちょっと泣いた。ファンの勤めとして、その後の各メンバーの動向を暖かく見守るのがその後の日課となったわけであるが、手始めにEBIくんがアルバムを出し脱ユニコーンを計ったが、あえなく脱落。続いてアベBが頑張ったが欲の皮はって脱落。テッシー兄貴はユニコーン派の応援空しくひょいとあらわれて消えてしまった。川西"西川"さんは健闘している。もっと売れてもいいと思う。そして民生。「やっぱ俺がいかねえとなんべえか」と時期を狙っていたかのようにキャッチーなロックで花々しく復活してきた。やっぱりこの男がユニコーンなんだなあと感じたと同時に、僕の脱ユニコーン人生が始まった。

29」(1stアルバム)を聴いたとき、あんまりいただけなかったのが正直なところである。リハビリ開始直後の僕にはちょいと甘かった。おそらく飲み足りてないんだろう。

ころがだ、ちょいと間を空けてのシングル「コーヒー」(3rdシングル)は良かったのである。素晴らしくクラゲであったのが嬉しかったのと同時に「そろそろ目覚めたかな」と思わせる良作であった。こっからが本領発揮でありその後のシングルも圧巻であった。

がなんだかなあ、なぜアルバムになるとなんだかなあ。確かに「30」(2ndアルバム)は良かったけど何度もグデグデっと聴く気にはならない。結局後輩にやってしまった。もったいないけどもう済んだことだもんね。しかし、引き換えにもらったジミヘンのライブCDはもっといけてなかった。

度このころ僕の私生活は最悪を極めていたように思う。もともと多重人格なもので他人には見られてないと思うけど、絶対どこかに穴が空いていたと思う。顔が黄色かったのもこのごろだったと思う。初めて浮気というのを体験したのもこのごろだし、変に快感を求め過ぎていたのもこのごろ。一般的に言う「最低」とはこういうことなんだろうと何故か誇らし気に思っていたのもこのごろ。けっしてジミヘンのCDのせいではない。断言できる。「30」に僕はすごい期待していたのかもしれない。脱ユニコーンのためのリハビリは過酷にも続く。

の年、民生がパフィーを引き連れてあらわれた。音も気持ちい〜ん。その陰でのシングル「イージューライダー」(5th?シングル)は今までのうっぷんを晴らしてくれた。絶対何かやってたんだと思う、この時期。その後の井上陽水とのアルバムも良かった。というか思いっきりこれ民生のアルバムである。絶対まだ隠しているんだよ、この時期。

を辞しての(漢字あってる?)ミニアルバム「FAILBOX」は気持ちいい。「気持ちいい」。のっけから飲んべえだし、最高である。何も飲んべえがいいと言っているわけではないですよ。この民生の体から漂う酒臭さがたまらなく気持ちいいのである。全編にわたって臭ってくるから酔っぱらってしまいそう。こういう刺激はリハビリ者にはいい薬である。絶対まだいっぱい隠しているよ、この人は。

気で曲が出来ないのかもしれないが、こういう小出し気味がいいのではないだろうか。なまけものにフルアルバムは少々きついのではないだろうか。このアルバムがこんなにロックしているのはこの少ない曲数にも十分原因はあると思う。少ないけどズッシリ感のあるアルバムを年2回ペースでお披露目すれば、お金も儲かっていいではないか。

CDメディアに慣れてしまい、どうも気に入らなかったら飛ばし飛ばし聴いてしまう癖がついてしまっている僕にとっては、こんな重たい音を1時間聴く力はないけど、6曲ならば可能である。日本メジャーでは数少ない飲んべえロックを聴かせる人である以上、あんまり無理はしてほしくないものだ。してないけど。


EXIT