短編連続小説

イケナイコトカイ

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

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しかにあの時、僕は彼女の手に触れた。補講で受けた化学実験No.16は、ある意味今の世の中では不必要な内容かもしれないが、少なくとも僕と彼女にとって、いや僕自身にとっては重要な実験結果をもたらした。保護マスクがゆっくりと、酸っぱい香りのする彼女の茶色い髪から開放された。

「あなた、このままでは判定出ないわよ。」

あきれた眼差しで僕を横目に、煙草に火を付ける。一度大きく溜め息をつき、彼女はまだ吸いはじめたばかりの煙草を防火バケツに放り込んだ。

「どうしても卒業するにはこの単位が必要なんです。レポート受け取って貰えませんか。」

「確かに、確かにこの科目は事実上、足りない単位をうめるためにあるようなものだけど。」

もう一度溜め息をついて煙草に火を付けながら言い加えた。

「私もこんな実験何の意味も持たないって思うけど、果たしてこんな事務処理レベルで単位を貰って卒業していいのかしら?」

実際、僕は法学を専攻していて就職も内定を貰っていて、後は事務処理でも何でもいいから卒業するために単位が必要なだけだった。しかし、強気な顔立ちから零れ落ちた、一瞬の彼女の戸惑いに、僕は「いいです」と答えられなかった。

「明後日から後期試験だから一応レポートを預ります。でもあなた、もう試験受ける必要ないんでしょ?だったらこの考察をやり直して持って来なさい。試験が終わる日まで待ってあげるから。」

とりあえず単位を貰えると確信した。一言「では試験期間後に持ってきます。」と言って、僕は講師室を出た。

EXIT