この物語はフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。 |
<2> 試験日程も残すところあと4日となったある日、僕は講師室を訪れた。おそらく以前僕が退室して以来、誰もノックしてはいない扉の前に立ち止まり、レポートを見直して見る。前回から句読点の数しか増えていないそのレポートには、うっすらと今朝食べたフライドチキンの油が付いていた。 「ちょっとそこにいる君、手伝ってくれないかしら?」 と部屋の中から声がした途端、ガッシャーンと音がした。少しはっとしながら扉を開けると、そこには彼女があっちゃあという顔で尻餅をついていた。 「大丈夫で...」 「私ね、今年でこの大学とはさようならなの。でちょっと私物を整理してたわけ。 しかし思いっきり恥ずかしい瞬間を見られたわけね。」 そう言うと、スックと立ち上がり、ずり上がってしまったタイトスカートを直し 2、3回ほこりを振り払った。 「コーヒー?」 「は、はい。」 一度も僕に顔を合わせず、棚から紙コップを取り出しいつから沸いているのかわからないコーヒーを注いだ。 「で、ここに何をしに来たの?」 「先日の実験のレポートを持ってきました。」 「ん?ああ、No.16のやつね。ちゃんと考えてきたかしらん」 彼女はカップを指に挟んだままレポートをチェックする。 「あは〜ん、これやり直した?」 「はい、でもどう考えてもこうにしか答が出ないんです。」 「ふ〜ん、あ、そう。...んん、まあいいわ。もう1杯いる?」 なんだ?前回とは違い、すごく機嫌がいいみたいだ。そんなにこの大学をおさらばするのが嬉しいのであろうか?でも来年から一体どうするんだろう? 「先生は来年からどうされるんですか?」 「んんん、私立の女子高の理科の先生。男がいないからおもしろくないでしょう ね。」 「そうですね。」 「しかも、生徒に一番嫌われるパターンよね。愛想悪いし、未婚だし、おばさんだ し。何だか今から気が重いは。」 「そうですか?先生美人だから、きっともてますよ。」 「私レズじゃないわよ。しかも子供だしね〜、きっとパンツ黄色いわよ。」 思わずプッ噴き出してしまった。そして初めて顔を合わして、笑った。 「あなたは女子高生とか興味ないの?」 「疲れるからあんまり。でも今の子進んでますよ。」 「そうなのかしら。はあ、そりゃまた疲れるわ。」 白衣の胸ポケットから煙草を取り出し火を付ける。 「で、あなた、今彼女はいるの?」 「はい。結婚しろとうるさいのが1人います。」 僕には大学2年から付き合っている子がいる。短大を出てOLをやっているが、どうやらおもしろくないらしく最近は結婚しろしか言わない。そんな退職するための結婚に付き合わされるのはちょっとゴメンである。僕はこれから社会に出るというのに。 「ちゃんと優しくしてあげないとダメよ。女って、強がっていても結構傷つきやす い生物なんだから。」 「男はもっと繊細な生き物ですよ。でも女は強い男を求める。しかも女のわがまま を全てかなえてくれる強い男を。」 「ふ〜ん、結構複雑なのねえ。倦怠期だけどセックスはするって感じね。」 「先生はどうなんですか?」 「無理やり優しくなろうとする男が1人おります。」 「はあ。」 「でもそれがイヤなのよねえ。なんていうか、みえみえな優しさだから、はいはい 脱ぎますよって感じ。」 「それも複雑ですね。」 「そうなったら恋愛なんて終わりよ。でもなんで男っていつもそうなんでしょ う?」 彼女はポイっと消火バケツに煙草を投げ入れ、立ち上がった。 「あなたこの後の予定は?」 「明日の午前11時までは何もないですけど。」 「何か食べにいきましょうか?」 「いいですよ。」 「もちろんあなたの奢りでね。私今月キツイのよねえ。あ、車は私が出すからおあ いこということで。」 「単位いただけたから文句言えませんね。」 「あら、誰があげると言ったかしら。」 4時間目の終了のチャイムが鳴り響く中、僕と彼女は少し足早に門をくぐり出た。 |