篠原ともえは生きている篠原ともえは生きている

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末いよいよ「SHINOCORN」ツアーが始まる。もちろん行くっすよん。だって名前からいいではないですか、シノコーンってユニコーンみたいっ。と思ったら、どうやらバックを努めるのは民生先生のバンドらしい。にゃあるほど、そういうわけなのか。

のライブ、大阪では12月27日という記念すべき日に行われる。何が記念かというと元チェッカルズのサックス藤井弟の誕生日でやんす。もしくは中学のときの友達「豊島」くんの弟の誕生日でもいいんでやんすが、実のところは僕のナッピバースデーなんです。さすが篠原、芸能界とは何ぞやを心得ておる。って違うがね。

でもって僕は25という中途半端な年代に突入していくわけですが、あんまり実感わかないです。たしかにまわりでは結婚ブームが盛んですが、未だ「学生」という親の保護下にいるせいか実に気楽です。たしかにまわりでは就職ブームですが、僕はまだどこからも内定貰ってません。更にたしかにまわりでは火を噴くのがはやってますが、僕はゲロでせいいっぱいです。

池桃子が「青春のいじわる」を歌っていた頃、僕はまだよく「青春」って言葉の意味がよくわかりませんでした。それから高校へ進学して「普通科」という居場所の意味を知って愕然とし、何度も何度も本命の女の子にはフラレまくり「Mr.片思い」という立派な肩書きをもらい、「社会勉強」という童貞略奪を経験し、授業サボッてスタジオに練習しに行って文化祭当日に呼び出され説教され、生徒課主任に「学校止めろ」と言われて止めようと思い、しかし度胸もないので止めることはできずフラフラとバンドのデモテープ作りに励み、センター試験前にアルバムが完成し浪人確定を1月17日に行い、卒業式の後に同じクラスの人と初めて会話をし、補習科に通うも全然行かず家で「桃太郎侍」をお母さんと見て、スナックのバイトで泥酔した客に頭かちわられそうになり、結局本命の大学には2年連続KOを喰らいフラフラと大阪の私立大学に入学したんです。

青春」っていったい何なのでしょう?胸をいつもときめかせながら「はろ〜」とか言ってるのが青春なんだろか?それとも淀川沿いを毎朝「ほっほっほっ」と走って銭湯で汗を流し落とすのが青春なんだろうか?それともギャンギャンに酒を飲んでグデングデンにカラオケを歌いジュワンジュワンに排水溝にゲロぶちまけるのが青春なんだろうか?この大学に入ってからの6年間、僕は「青春」したくてもがいていたのかもしれない。今わかることは「何ひとつ青春はしてないよ」ということだけだ。未だに「青春」っていうものの意味を知らないくせに。

番楽しかったときはいつですか?と聞かれたら、僕は迷わず「19のとき」と答えるようにしている。それは事実であるし一番目がギラギラしていたような気もするです。けど20手前という何となく居心地の悪さを感じながら不安でいっぱいな日々を過ごしていたのも事実だし、けどそんなスリルが楽しくて仕方なかったのも事実なので、やっぱり「19」のときが一番楽しかったと言える。もしもあの時代が僕にとっての「青春」であるならば、僕には今後「青春」はできないのかもしれない。体力的な面ではなく、ただ、なんとなく、どこか「大人」になったような、1段階ステップアップしてしまったような感がつきまといすごくダメなのだ。後輩にしたわれたり、真剣に親父ほどの年齢の人と「愛って何だ」とか語り合ってるようじゃ、「19」のときのような気分は味わえないのだ。これは必然的なことなのか?そのモノサシが「年齢」なのかな?よくわかんない。けど、すんごく嫌だ。

の中はよく出来ていて、そんな僕でも世間は「大人」として扱ってくれます。まだ甘ったれている、蒙古斑があるんじゃねえかと思うぐらい僕自身「子供」だと思うのに。みんなこうなんだろうかなあ。結局「大人」へなっていくという過程は人それぞれに差はあれど、みんな通っていくことだろう。ということは早かれ遅かれ僕も「大人」になるってことだ。「青春」したいと願いながらも年齢はとっていくんだ。そうなんだ。

んな葛藤を毎日寝る前に繰り返しながら、僕は「音楽」という世界だけは「青春」したいと思っている。聴く好みは年々変われど、のめり込み方だけは「19」のときと変わらない。まずは何でも聴いて吸収することが僕的「音楽」論なのだ。これだけは87年経っても奪われたくない領域である。

原も今「大学1年生」といういわば「19」の領域に足を踏み入れている(実際には来年3月で19なんですけど)。篠原は「青春」してるのかなあ?一番楽しいときっていつなんだ?ブラウン管の向こうではしゃぎまわっている篠原は何も答えてくれない。


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