シリウスからの贈り物
最終更新日 : 05/09
「無限に広がる大宇宙、か…」
陳腐な台詞だと思ってはいても、いざ目の前に展開されるとそう思わざるを得ない状況に、僕はいた。
そう、僕の目の前には広大な宇宙空間が広がっていたのだった。それが、窓に似せてつくられているモニターを通して映し出されている虚像であっても、その広大さはそう簡単に失われるものではなかった。
「どうやらお目覚めのようね」
突然の女性の声。スライド式のドアが音もなく開けられ、女の子がひとり入ってきた。一瞬、概視感に襲われた。
「やぁ、メイ」
彼女はメイ・ストラーダ。この宇宙で、彼女は言うなれば運送業を営んでいる。彼女のような人のことを、宇宙では「Star Trader」と呼ぶらしい。そして、彼女はトレーダーの中でも5本の指に入るほどの腕の持ち主なのだそうだ。
「あら、わたしの腕前を信用しないって言うの?」
ついうっかりして、最後の台詞を口に出して言ってしまったみたいだ。
「それじゃケイは、あのとき死んでしまっててもよかったワケ?」
そう…あの出来事さえなければ、彼女とも会う事はなかったし、今、こうしてここにいる事もなかったんだ…
−*−
期末試験を来週のはじめに控えた梅雨のある日。気分転換に、僕は部屋の窓を開けて雲の切れた夜空を見上げていた。
「あ、流れ星!?」
何げなしに見ていた空から、赤く輝く物体が落ちてきたのは、そのときだった。丘の向こうで、爆発音さえも聞こえたような気がした。
母さんには気分転換に出ると告げて、それの落ちていった方角へ自転車を走らせる。
近くの河原に、斜めに突っ込んだかたちで不時着しているそれは、よくSFアニメなんかで見る宇宙船のように見える。いや、どう見ても宇宙船そのものだった。直感が当たったので、気持ちが高ぶっているのが自分でも判る。乗ってきたユーラシアを土手に残して、僕は恐る恐る、一歩づつその宇宙船へと近づいていった。
そして、僕があと数歩で宇宙船に触れそうな距離まで近寄ったその瞬間、身体中に痺れが走ったんだった…
「どうやらお目覚めのようね」
突然の女性の声。スライド式のドアが音もなく開けられ、女の子がひとり入ってきた。
「ここは?」
白を基調とした室内が、暖かな雰囲気を与える。声をかけてくれた女性は、僕の気持ちを察してか、ゆっくりと答えてくれた。
「ここはわたしの船の中よ。わたしの名前はメイ・ストラーダ」
白を基調とした上下のワンピース風の服。ロングヘアーの黒髪は、彼女の腰の辺りまである。そして、不思議な力がみなぎっているブルーの瞳…
「あ、僕は岡田圭一」
名前だけを言うと、何だかホッとした。何かが吹っ切れたように…
「あのまま船体に触れたら、きっと不時着時に帯電した電磁波で黒こげになっていたところだったから…」
「あ、そうだ。ごめんなさいね。今、ちょっと急いでるから、すぐにはあなたの星には戻れないの」
「えっ!?」
ふと視界に入ったモニターには、漆黒の宇宙空間が見えた。そのときは冗談だろうとも思っていた。
「これだけは、急いで運ばないとダメなのよ。その上、主機関が調子悪くて、結局あなたのいた星に不時着したんだけどね」
いたずらをしたときのように、メイは笑った。
「だから、ちょっとだけ付き合ってもらうわよ」
「何処へ?」
「うん、マゼランのモルボーンまで」
そのときの僕は、何も考えずにOKした。試験勉強の疲れもあったんだろう。だけど、今になって思うのは、それ以上にメイの魅力にとりつかれていたからだと思う…
−*−
「ケイ、ケイったら!」
メイの顔が、目の前いっぱいに広がって見えた。
「ん、ああ。ごめん、ごめん」
僕は照れ隠しに、空笑いでごまかす。
「もう、どうしたのよ、ケイ?」
「うーん、ちょっと考え事。で、何の用だったの?」
ちょっとすねるメイ。
「もうすぐ銀河系が見えるって、言おうとしてたのに」
目の前には、モニターいっぱいに棒渦巻形星雲が映し出されている。
「これが銀河系…昔、アニメで見たのと違うなぁ」
苦笑する圭一。
「でも、ケイの星だと初めて銀河系を見た人間になるのよね」
「うん、誰も信じちゃくれないだろうけど」
ふたりして笑っているそのとき、艦内を衝撃が走った。赤い非常灯がつく。
「何!?」
「低質量高反応型ノ浮遊機雷デス。1次れーだーデハ感知デキマセンデシタ」
メイの操るブロッケード・ランナー「キュンティア」に登載されている第4世代型AI(人工知能)「ヘリオス」が対応する。
「回避行動ランクAで。それと、第2種兵装に切り替えて。レーダー設備は展開したまま。兵装はまだ使用しないでね」
「了解シマシタ」
メイの表情が険しくなった。心配になったので聞いてみる。
「何かあったの?」
「何者かの妨害工作よ。こんな通常航路で機雷を撒くなんて余程の事だわ」
船の後部にある戦闘ブリッジに駆け込む。僕もメイの後をついていくことにした。
キュンティアの元になっている、セントラル・ファクトリー社製のデライア級ブロッケード・ランナーには、通常、艦上部に2門の電子砲と左右に計12門のアクティブ・レーザー、正面に6門の多用途式ミサイルランチャーを装備している。
宇宙空間において運送中のトレーダーは、海賊などに襲われる危険性もあるため、中にはドレッドノート級攻撃戦艦並の兵器を装備している者もいる。しかしキュンティアは、その用途が輸送に限定されている為、デライア級に標準装備されている電子砲を取り外している。兵装が少ない分、火器管制システムも小型になるので、高機動性を売りとするには有効な手立てではある…らしい。
いかにも判ったような口調だけど、これらは全てメイから聞いた事だ。
「キュンティアは現宙域に固定。アクティブ・レーザー、照準無固定で3斉射」
艦内に微振動が伝わる。と同時に周りにある浮遊機雷が爆発、レーザーによる誘爆も続き、衝撃波がキュンティアを軽く揺さぶる。
「結構、数ばらまいてるわね…相手は正面きってやってくるハズよ。前方に指向性レーダー波を出して。相手の出方を見るわ」
戦闘ブリッジに座ったメイは、ヘリオスに動作を送りながら、細いアームで伸ばされたキーボードを通して火器管制システムにテキパキと命令を送る。その横で、僕はサブシートに座ってベルトを締める。目の前のサブモニターには、訳の判らない文字や図形が次々と表示されては消えていく。
「艦種ガ判明シマシタ。ばろーず級高速巡洋艦1隻。艦名ハしゃんぐりら」
「バローズ級…高速巡洋艦1隻…という事は、海賊!?」
「海賊だって!?」
宇宙空間で海賊などというあまりに場違いな単語を耳にして、ついつい口走ってしまった。
「トレーダーにとっては、厄介な相手よ」
「しゃんぐりらカラ通常回線デ重力波通信ノ受信アリ」
「こっちに流して」
メイがサブモニターのスイッチを入れ換えると、シャングリラと呼ばれた宇宙船のブリッジが映し出された。
『何やってんだよ、お前たち。まったく役に立たな…』
『姐さん。回線が繋がりましたが』
中央上段に女性がひとり、その前にふたりの男性がいる。ひとりは大柄、もうひとりは痩せているように見える。振り返って姐さんに声をかけたのは、右にいる痩せた方だった。
『まあったくタイミングの悪い!』
ずっとモニターを見ていたメイは、たまりかねたのか、こちらから質問をしてみせた。
「あの〜、何かご用でしょうか?」
『んもう!最近の小娘は待つ事も知らないのかね!!』
モニターの向こうで、怒っている女性の顔が見える。
『ま、いいわ。わたしはシャングリラのカレン。貴方のお荷物を頂くからね。覚悟おし!』
「頂くって…何運んでるか知ってるの!?」
『こっちの情報網をバカにしちゃいけねえな、お嬢さん』
大柄の男が喋りだす。
『このメカニックの天才ランディ様にかかれば、情報なんてどこからでも取ってこれるのさ、はぁっはっはっは!!』
「無視しよ」
メイは呟いて、モニターを切った。
キャプテンシートに座り直したメイは、可動アームでさげられていたキーボードを引っ張り出しスイッチを次々と入れていく。
「緊急跳躍。カウントは20で!」
再びメイの鮮やかなキーボードさばき。サブモニター右下の文字がカウントされていく。おそらく、これがカウントの役目をしているのだろう。
「こーす、まぜらん方面ニ固定。各あんてな収容」
ヘリオスも、順次跳躍の準備を行っている。ところで、跳躍ってもしかして…
「ケイ、跳躍に入るからちゃんとベルト締めててね」
「跳躍って、もしかしてワープ?」
「ワープ?…じゃないわね。船体の周りの時間の流れを極限まで遅くするの」
取り敢えず納得。そうしている間に、準備がほとんど終わったようだ。
「距離350。かうんと3、2、1、じゃんぷシマス」
モニター内の星が、外に流れていく。それが段々と多くなり、残像が光の加減で虹色に輝く。
こうしてメイと僕は、その場を無事切り抜けたのだった。
「何とか逃げられたわね」
通常空間に戻ってきた僕たちは、キュンティアを目的地のモルボーンに向けて航行を続けていた。
「でも、何者だったんだろうね?」
「シャングリラのカレン…って言ってたわね。モルボーンで聞いてみましょうか」
再度、跳躍にはいるキュンティア。さすがに機体に負担のかかるらしい緊急跳躍はしなかったけど…
−*−
「もるぼーん軌道すてーしょんニ接近。誘導波ヲきゃっちシマシタ」
「微速前進」
モニター中央に、地球に似た青い星と、その手前にゴテゴテと継ぎ足したような鉄の塊が映っている。
「あれがモルボーン?」
「そう。手前にあるのがモルボーン軌道ステーション。荷物はあそこから地上に送られるのよ」
「これで終わりってコトだね」
少し寂しい気もする。ようやく宇宙生活に慣れてきたところなのに。段々と軌道ステーションが大きく見えてきた。その時になって僕は、この旅がずっと続かないか、などと思っている事に気づいた。
「これが軌道ステーション…」
ドックの中に入ったキュンティアは、カクテルライトに照らされている。僕とメイは小さい重力の中、キュンティアを降りた。
「さあ、荷物を出すわよ」
下部コンテナハッチを開けて出てきたのは、SS−1と書かれた小さなパッケージ1つだけ。
「荷物って、あれだけ?」
「そうよ。これで8000なんだから、お得な仕事だったわ」
ドックから外に出られるハッチの前に、いつの間にか黒い服を着た大柄の男性が立っていた。彼に荷物を渡せば、今回の旅は終わりの様だ。
「はい、これが荷物のリストと確認…」
「メイ・ストラーダ。ちょっと来てもらおうか」
メイの顔が一瞬鋭くなった。床を蹴り、僕を抱えてキュンティアのハッチに飛び込む。
「ケイ、逃げるわよ!!」
ヘリオスによる緊急脱出は、ほんの30秒ほどで終わった。途中、宇宙空間を隔てているハッチを1枚破壊してきたが…それからステーション内の回線を強引にハッキングして情報を洗い出したところ、荷物の依頼主がモルボーン政府の反乱組織だという事が判明した。
「あまりにいい仕事だとは思ったんだけど…こんなの詐欺じゃないのぉ」
サブモニターを前にして叫ぶメイ。でも、そのメイの表情には困っているという雰囲気はほとんど感じとれなかった。
「ぱとろーるノ駆逐艦4隻。本艦ヲ追尾中デス。ぱとろーる艦カラ緊急通信回路、開キマス」
『デライア級のトレーダー、直ちに停船しなさい。停船しない場合は攻撃する』
「どうするの?」
「ふふふ、これでマゼランではお仕事出来なくなっちゃったわね」
苦笑い。でも、メイの様子からして、こういう事はしょっちゅうなのだろう。
「一気に銀河系まで跳躍するわ。カウント40から」
メイは牽制のために、対レーザー用のチャフを放出した。ヘリオスが跳躍までのカウントダウンを続けている。
『見つけたよ、メイ・ストラーダ!』
緊急通信回線に入ってきたのは、いつぞやの海賊。
「シャングリラ!?」
『覚えていてもらって光栄だねぇ。そうさ、シャングリラのカレンさね』
サブモニターに映ったカレンに、微笑みながら手を振るメイ。
「じゃ、ね」
ヘリオスがカウント0を告げる。再び、モニターにスターボウが流れていく。
−*−
出てきた所は、どこかの惑星の衛星軌道近くだった。
「しりうす第6惑星衛星軌道上デス」
「ヘリオス、ここ、第3惑星じゃないの?」
モニターに写るスターチャートを見ても、シリウスから3番目の軌道上にいることは間違いなかった。
「イエ、しりうすガ赤色巨星化シテイマスノデ、内側3惑星ハしりうすニ飲ミ込マレテイマス」
第6惑星の夜の側にいるハズのキュンティアでさえ、惑星の反対側にあるシリウスを見る事ができた。
「ケイ、これが恒星の最後よ。あなたの星だって、いつかはこうなるの…」
「艦尾ニ発振反応アリ」
警告音と共に、ヘリオスが叫ぶ。
「モニターに映して」
サブモニターには、突起物が刺さっているキュンティアの後部が映っていた。
「これは…カレンの仕業!?」
とメイが呟くと同時に、艦内に警報音がけたたましく鳴り響く。
「接近警報!!」
ヘリオスが、近くに跳躍してくる宇宙船の接近を示す警報を出す。
メインモニターに、虹色の歪みが見える。それが段々と宇宙船の形に変わっていく。
「シャングリラ!?」
『おーっほっほっほ。貴方はもう逃げられないのよ』
モニターに割り込んできたのは、海賊のカレンだった。
「もう荷物は、モルボーンの軌道ステーションにあるのよ。何でまだ追っかけるの!?」
『甘いわね。トレーダーが怪しい荷物を何の確認もしないで相手に渡すもんですか』
僕には、カレンが言っている事が理解できずにいた。
「…判っていたのね…」
『そういう事さ。それじゃ行くよ!!ランディ、ミサイル発射だよ』
『待ってましたぜ、姐さん』
シャングリラから、ミサイルが発射される。
「レーダー撹乱。回避パターンC。急速展開!」
メイがキーボードを叩く。Gキャンセラーで相殺できない力が、キュンティアをきしませる。
ほとんどのミサイルは迎撃、回避できたが、1発だけキュンティアに当たった。
「うわっ!」
「1次装甲ニ被弾。損傷軽微。左舷レーダーに損傷あり」
ヘリオスが的確に損傷を報告する。
『姐さん、当たりましたぜ』
ランディと呼ばれていた大柄の男が、手を打って喜んでいる。
『よしシンディ。迎撃機の発進は任せたよ』
シャングリラからの通常回線は、まだ開いたままだった。向こうの行動が手に取るように判るなんて、まるでアニメじゃないか…と思って苦笑する。
「ケイ」
「何だい、メイ?」
「ちょっとの間、お留守番頼むわね」
メイは、キャプテンシートから立ち上がった。
「え…ええ!?」
「操縦はヘリオスがするから。それに、いつもこうだもの。大丈夫よ」
そう言うと、メイは僕の返事も待たないで、コクピットを後にした。この大きな宇宙船のなか、僕ひとりになってしまった…
「接近警報、複数確認!」
ヘリオスが警告音と共に叫ぶ。
「メイ!!」
サブモニターには、ヘルメットを被ったメイが映った。
『多分、マゼラン星系軍よ。まったく、なんでここまで追っかけてくるのよぉ』
「艦影確認。どれっどのーと級5隻。まぜらん星系軍デス」
『ほぉら当たり。じゃ、前のを叩いてから地球に戻りましょ』
キュンティアに軽い振動が伝わる。メイの高機動艦載機が飛び出して行った。
「メイは今、どこ?」
メイがどこにいるのか気になって、ヘリオスに聞いた。レーダーには映っているけど、何が何を表しているのか、さっぱり判らなかったから。
「えれくとらハばろーず級艦尾ヨリ攻撃中」
『ケイ、操縦系は総てヘリオスに任せて!』
「でも、メイが…」
メイは単座式の高機動艦載機「エレクトラ」を操り、シャングリラからの無人攻撃機を難なく落としている。
『わたしは大丈夫よ。それより、マゼラン星系軍には注意して』
ヘリオスが、メイの映っているサブモニターの右下に全方位レーダーを出力してくれた。レーダーからは、艦隊の中央に空間がある他は、何等変わった事はなかった。
「うん、今のところ大丈夫みたい。真ん中が開いてるけど、変な動きはないよ」
『判ったわ。ヘリオス、お願いね』
「右舷みさいる接近。あくてぃぶ・れーざー掃射シマス」
キュンティアの右モニターに、ミサイルの爆発が並んで見える。ヘリオスは、最初の1発以外は総て迎撃している。
「メイのエレクトラは!?」
「えれくとらハ現在位置きゅんてぃあ正面。しゃんぐりらノ迎撃機ヲホボ破壊」
『さぁ、行くわよぉ!』
メイの操るエレクトラが、シャングリラに向けて加速していく。
「まぜらん星系軍ニ大型攻撃戦艦出現。べらーな級大型戦闘艦ト確認」
ヘリオスが言うには、マゼラン星系軍の中央に空間微動が観測されたらしい。今までにない、大きな宇宙船のようだ。
「メイ!」
『こっちでも確認したわ。はやい事、ここを片付けないとヤバいわね』
エレクトラは、シャングリラに向かって加速を続けている。
『何してるんだよ、早くあいつを黙らせるんだよ!!』
シャングリラとの重力波通信回線は、まだ開きっぱなしになっている。向こうの様子が手に取るように判るっていうのも、アニメの様であれ結構緊張感があるものだ。
『ですがねぇ、姐さん。すばしっこくて、なっかなか当たらないんですぜ』
『星系軍のヤツラ、ベラーナ級を最前列に出してきましたぜ』
シャングリラの方が星系軍に近い位置にあって、その上こっちは惑星の影になっているためにレーダーに干渉が起こるらしい。キュンティアのレーダーには、星系軍の動きはまだキャッチできていない。レーダー上の点の集まりが、微かに動いたような気がした。
「べらーな級、突出シテキマス」
「メイ、星系軍が動きだした!」
『あの大型艦、何だか不気味だわ…何を考えてるのかしら…』
メイにも、これから何がおこるのか、判らない様子だった。
シャングリラとエレクトラ、2機の宇宙船が戦闘を続けている。星系軍は、あれ以来特に目立った動きはない。
「マモナク第6惑星ノ衛星ノ影ニ入リマス」
「衛星?」
ちょうど、星系軍とキュンティアの間に入るようにして、衛星が割り込んできた。月によく似た衛星が、モニターに映し出される。
『大きな衛星だわ…惑星の1/4はあるわね。こんなの、常識じゃ考えられないわ…』
「何で?」
『惑星と衛星との質量差と軌道が半端じゃないのよ。このバランスを少しでも間違えたら、衛星どころか、この惑星さえもなかったかも知れないわね』
圭一と話しながらも、メイの操るシャトルは小気味よく艦載機の砲撃を避けながら、シャングリラの砲台を使用不能にしていく。
シャングリラと繋がったままのモニターの中では、3人組の叫んでいる姿が見える。
『あーっ、何やってるの!!このままじゃ、こっちが危ないじゃないのさ』
『こっちもやってますがね、案外素早いんですぜ』
シンディは、艦載機の管制を任されているようだ。
『グダグダ言ってる暇があったら、1発でも当てたらどうなんだい』
『どう、降参する?』
メイがシャングリラと交信している。投降を呼びかけるメイに対して、シャングリラからの返事は冷たい。
『あんたに助けられる位なら、星系軍に降参するわよ』
『何言ってるのよ。あなたたちも巻き添えを喰うだけよ。ここはひとまず逃げる方がいいって言ってるの!』
と、急に星系軍のいる辺りのレーダーが異常反応を知らせた。
「星系軍ヨリ大規模熱源反応アリ。みさいる群、急速接近!!」
『警告なしなの!?』
ヘリオスの報告にはメイも度肝を抜かれた様だ。
『ありゃ、熱核反応弾ですぜ!あんなの喰らっちゃ、こちとら、ひとたまりもないんですがね、姐さん』
これはランディ。
「大部分ハ衛星ニ直撃。2割ホド本艦ノこーすニ侵入」
『ヘリオス、緊急回避!!』
『逃げるんだよ!』
急激な動作のため、Gキャンセラーが正常に働かない。大きな横Gが、僕の身体にかかる。
「あくてぃぶ・れーざー、前方ニ掃射シマス」
熱核反応弾を避けながら、当たりそうなミサイルを順次破壊してくれるキュンティア。
衛星が多量の熱核反応弾を受けて四散した。その破片がキュンティアやエレクトラ、シャングリラにも当たる。
『ケイ、大丈夫?』
「うん、何とかね」
モニターの向こうで、キーボードと格闘していたシャングリラのランディが、突然叫びだした。
『姐さん、残りの熱核反応弾が…が…シ…』
今まで強気の発言ばかりしていたランディがどもっている。
『何だい、はっきりおし!』
『残りのミサイルの軌道は、シリウスに向かっていますぜ、姐さん』
『何だって!?』
『何ですって!?』
カレンが、そしてメイが同時に叫ぶ。
『本当なの、ヘリオス?』
キーボードに情報を打ち込みながら、メイが通信で問いかける。
「星系軍ニヨルみさいるハ、第6惑星ノ重力ニ干渉サレマスノデ、加速シツツしりうすヘノ直撃こーすヲ取リマス」
『こっちでも計算しているんだ。間違いはない!』
ランディも、モニターを通して叫んでいる。
みんなの慌てようをみても、僕には何の事だか判らなかった。そこで僕は、素朴な疑問を出してみた。
「ねぇ、あれがシリウスにぶつかったら、どうなるの?」
『熱核反応弾があれだけ大量に当たると!』
『恒星は一気に爆発するんだよ!!』
シンディとランディのふたりが、息をあわせながら叫ぶ。そんな中、熱核反応弾は次々とシリウスへと加速を続けていく。
『ヤバいですぜ、姐さん!』
シャングリラの3人組が叫んでいる。
『姐さん、早く跳躍しないと!』
『判ってるよ。早くおし!!』
その音声を最後に、シャングリラはレーダー上から姿を消した。
モニターに映るシリウスは、熱核反応弾を吸収しながらも、目で見ても判る速度で膨張を続けている。もう、いつ爆発してもおかしくないようだ。
そしてメイの乗る艦載機は、衛星の破片を避けるので精一杯で到底キュンティアに届きそうにない。
「メイ、早く!!」
『あなただけでも逃げて!』
メイからの通信だ。
「そんな!?…メイを置いては行けないよ!」
『操縦はヘリオスがやってくれるわ。わたしの方は、もう逃げられそうにない…だから…』
「諦めちゃだめだ、メイ。今からそっちに行く!!」
と言ったものの、僕はこの船を操縦できない。総てはメイとヘリオスにかかっているのだった。
『ケイを地球まで送って…ヘリオス、緊急脱出!』
「だめだ!メイを置いてっちゃダメだ!!」
メイのシャトルとは、すでに映像交信ができなくなっていた。シリウスの膨張による電磁波はそれほど激しくなっているのだろう。メイとは、もう音声回線しかつながらない。
『お願い…ケイ…ヘリオス!!』
彼女の声が、涙声になっている。
「爆発ノ予想被害半径外ヘ緊急跳躍。通常かうんとハ省略。5…」
「メ−イィィィ!!」
僕は、力の限り大きな声でメイの名を叫んだ。ヘリオスのカウントダウンが無情にも続いている。
「2、1、じゃんぷシマス」
また、モニターにスターボウが映る。しかし、僕の目にはいろんな色が混ざって見えるだけだった…
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「あれから8年も経ったのか…」
僕はマンション8階のベランダから、夜空を見上げながら呟いた。
キュンティアは、僕を地球まで送ると海溝の奥深くに沈んでいった。僕はひとこと、ありがとうと言ってヘリオスと別れた。
家に帰ると、親は泣いていた。自転車だけが河原にあったんだから、そりゃ驚くだろう。どうも、3日ほど地球を留守にしていたらしい。学校に行くと、クラスメートたちに散々言われたけど、この体験は誰にも言わなかった。
空から落ちてきたキュンティアを見てから、たった3日の宇宙旅行…銀河系を初めて外から見た地球人だなんて、誰も信じちゃくれないだろうけど…
そして僕は、あれ以来、何気なしに夜の空を見る事が増えたようだ。
「ケイイチ、冷えるからそろそろ中に入った方が」
「そうだね」
僕を心配してくれているのは、おなかの大きな日系アメリカ人の女の子。僕たちは、結婚してもう2年になる。
「ねぇ、ケイイチったら…んッッ!」
「判ってるってば…!?」
彼女がおなかを抱えてうずくまっている。タクシーを呼んで、近くの産婦人科へと急ぐ。
長い時間が、僕を狂わせようとする。窓を開けて夜の空を見上げると、月が高く上がっている。思わずため息が出てしまう。
「はぁ…!?」
その時、月よりも明るい光が、夜空を覆った。それはまるで、突然2つ目の太陽があがったかのように地上を照らす。
「…メイ…」
何気なく呟いた、あの彼女の名前…
「…メイ!?」
気がつくと、光は既におさまっていた。何も無かったかのように、月が輝いている。そのとき、分娩室から赤ん坊の鳴き声。
翌日。ベッドに腰掛けている彼女と、彼女の腕の中ですやすやとい寝息をたてている赤ん坊。僕は、まだ何かしっくりとこない気持ちだった。
「ねぇ、ケイイチ。この子の名前…」
彼女が尋ねる。僕の頭の中には、もうこれしかない。恐る恐る、声に出していく。
「…メイ…に、しないか?」
「メイ…いいわ。ケイイチがつけた名前だもの」
僕の隣で、彼女に抱かれているメイが笑った様に見えた。
この日の新聞の見出しはこう書かれていた。
[シリウス、謎の爆発!!]
Fin.
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